KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年1月号
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神戸文学賞受賞作『夢食い魚のブルー・グッドバイ』で文壇にデビューしたのが平成元年。以来、年に一冊のペースで作品を世に送り出してきた。まさに平成は、私の作家としての人生時間だったと思っている。その平成最終期にあたる一昨年、『花になるらん ~明治おんな繁盛記』(新潮社)で、開港まもない神戸の街の姿を描いた。神戸が港の界隈だけをさす、本当に小さなエリアでしかなかった時代の物語だ。貿易商であり美術商でもある高島屋の、女主人をモデルとしたヒロイン雅みやびは、禁門の変や東京遷都で灯の消えたような京をなんとかしようと、神戸へビジネスチャンスを探しにやってくる。貿易相手の英国ではお茶が大流行。神戸港からも宇治茶が大量に輸出されていることを知るが、彼女はそのお茶を楽しむ器に目を付ける。京には、どこの国も真似のできない洗練された工芸技術を誇る職人たちが残っており、これを促進することは千年を超えて築かれてきた日本の伝統や文化そのものを守ることになるのである。当時、日本の陶器は海外では「サツマ」という単語になっていた。パリ万博で薩摩藩が御用窯の焼き物を展示した成果である。京で焼かれたものを「京薩摩」。京都から運搬中に壊れることが多いことから神戸の港近くで焼いたものを「神戸薩摩」といい、これらは欧米で一世を風靡した。取材では数々の名品に出会ったが、彼女の店が実際に商った品で、川崎造船所初代社長・松方幸次郎が欧州の政府要人に贈ったみごとな刺繍のタペストリーを見た時は震えがきた。そう、拙著『天涯の船』(新潮社)では、まさにこの幸次郎が、潜水艦の設計図を求めて美術品を手がけ、名高い松方コレクションを形成する物語を小説にした私なのだ。さらに、貿易といえば私の代表作『お家さん』(新潮社)で書いた神戸の総合商社鈴木商店の活躍も忘れることはできない。神戸の光と影 〜わたしの神戸の物語から〜作家 玉岡 かおる700号記念寄稿26

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