KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2020年1月号
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垂水に住んで五十年余になる。昔に比べるとずいぶん現代的になり、いい店も新しくたくさんできた。だからその辺をそぞろ歩いたり、うまそうなものを売っている店で買い物をしたりしたいのだが、なにしろ関西のテレビ番組で常連だから顔を知られている。変な格好では出歩けないので面倒なのである。旨そうな店もたくさんあるが、近頃は酔うと帰途足元がふらついて危険なのである。怪我をするのである。困るのである。そんな折、歩いてたった三分という近くにいい店ができた。テアトロ・クチーナ、「味の劇場」というイタリア料理店だ。本場で修業してきた村上孝之氏がオーナーシェフで、現地で知りあったマダムの涼子さんと共に開店した。十二年前のことだ。イタリアン大好き人間のおれはその時から妻と共に常連になっている。おれの好みはジビエである。イノシシやエゾジカの肉が入るとメールで案内をくれる。瓜坊の肉、などと書いてあればすっ飛んでいく。地もとで獲れた魚もその時その時でマリネにしたりフリットにしたり、季節感ゆたかな調理で楽しませてくれるのだ。アラカルト以外のコース料理も月ごとに変わり、やはりメールで教えてくれる。だいたい毎月二、三回は行くので、顔なじみもできた。客は垂水だけでなく、明石など、ずいぶん遠くから来ている人も多い。近くに住むわが義弟も含めて医師が多いようだが、百歳に近いお婆さんもいる。いつも行くときは妻と一緒だが、ふたりのどちらかの誕生日だったりその前後だったりすると祝ってくれる。地域密着型のレストランなればこそのサービスであろう。しかしおれももう八十五歳、今のところは元気だが、いつまで惚けないでいられるかが問題だ。さしあたっての目標は米寿である。それまではこの店の手打ちパスタをたっぷりと楽しみたいものだ。テアトロ・クチーナ作家 筒井 康隆700号記念寄稿24

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