KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2019年5月号
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夙川で育った須賀敦子は「風がちがうのよ」と語ったそうです(『時のしずく』)。その風を生む、六甲山系や夙川の松並木を眺めながらの夙川散歩は、いつも心を和ませてくれます。画家・須田剋太もこの風景を愛し、よく夙川堤を歩いていました。夙川は多くの文学作品を生み出してきました。私のお勧めは、中井久夫が「この街の小さな宝石」と評したカトリック夙川教会から、雲井橋を渡り、雲井町・殿山町界隈のお屋敷街の散策。昔は洋館の小径と呼ばれ、W・M・ヴォーリズらの洋館群がありました。雲井稲荷があった雲井児童遊園には、香櫨園遊園地跡地を開発した大神土地開発の石碑が残っています。夙川の歴史を探りながら、文豪谷崎潤一郎、遠藤周作や須賀敦子の足跡をたどると、いつも新たな発見をします。63541遠藤周作が受洗した聖堂 2雲井児童遊園にある大神土地開発の石碑 3イタリア文学者・須賀敦子は雲井橋を渡り、阪急夙川駅から小林聖心女子学院に通った 4阪急夙川駅。遠藤周作はエッセイ『夙川の教会』にこのあたりの風景を述べている 5NHKの朝の連続テレビ小説『あさが来た』にもゆかりのある雲井町界隈 6西宮市都市景観形成建築物に指定されているカトリック夙川教会蓮沼 純一(はすぬま じゅんいち)西宮市出身、元鉄鋼会社役員。河内厚郎事務所ディレクターとして西宮芦屋研究所で阪神間近代文学を中心に探究し、講演会などで発表41

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