KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2018年3月号
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(1973)、香雪美術館が開館した。美術にも関心をもち、日本が開国後、多くの価値ある美術品が海外へ流出することを食い止めたいという思いで村山が蒐集した貴重な作品が中心に展示されている。 村山に続き、住友銀行本店の初代支配人であった田辺貞吉、住友財閥創業者の住友吉左衛門、日本生命保険創業者の弘世助三郎、大日本紡績社長の小寺源吾、常務の田代重右衛門などが住吉村に、住友総理事の鈴木馬左也などが御影へと移り住む。 大正9年(1920)には阪文化が薫る御影の象徴でもある香雪美術館社交場となった観音林倶楽部神急行電鉄(現阪急電鉄)御影駅も開業し、交通インフラ面からも住環境に優れた地と評価され、野村財閥創業者の野村徳七、甲南学園創立者の平生釟三郎、関西学院大学教授の小寺敬一、武田薬品工業創業者の武田長兵衛、大林組二代社長の大林義雄、野村銀行頭取の野村元五郎、鴻池銀行取締御影、住吉に縁の深い平生釟三郎役の和田久左衛門、乾汽船設立者の乾新兵衛が住吉村に、安宅産業創設者の安宅弥吉、白鶴酒造会長の嘉納治兵衛などが御影町へと、昭和初期にかけて次々と移り住み邸宅を建てた。 著名な建築家の設計による風格のある住宅が数多く存在し、門構えや「御影石」と呼ばれる地元で採れる大きな花崗岩を使った石積みの塀と生垣が組み合わさった独特の景観が形成された。こうして豪商たちが競って私邸を構えた御影・住吉一帯は文化人たちからも注目を集め、阪神間を代表する高級藪内家伝来の茶室「燕庵」の写し 重要文化財29

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