KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2017年12月号
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花の心を知り、自分の心とす佳生流二代目家元 西村雲華 われわれの祖先は花を立て神を迎えた。人も、植物も、一瞬ごとに命の輝きがある。華道はそこに尊さを覚える日本人の美意識を伝え、その表現世界は広大にして深遠だ。 神戸では多くのすぐれた華道家が活躍しているが、流派を問わず多くの華道家たちに慕われた佳生流二代目家元、西村雲華なくして今日のいけばな界の和はなかっただろう。 西村雲華は初代家元の西村翆雲の子として大正5年(1916)に黒田庄(現在の西脇市)に生まれた。父に師事した彼は昭和17年(1942)に神戸へ移り、その翌々年に県一高女(現在の神戸高校の前身)に勤めた。 戦後間もなく、当時の苦瓜恵三郎校長が裏山でたおってきた曲がりくねったノジギクを学校に持ち込み、「これを生けてくれ」と差し出すと、ものの見事に生けてみせ、校長を驚嘆させた。これがきっかけで終戦後もっとも早く学校華道部を復活させた。ところが戦後の混乱期ゆえ花屋にろくな花材はなく、野山にあふれる花木を集めて、どんなものでも生けられることを教えた。神戸高校となった後の昭和26年(1951)まで在職したが、いけばなに専念するために退職するも、連載 神戸秘話 ⑫瀬戸本 淳(せともと じゅん)株式会社瀬戸本淳建築研究室 代表取締役1947年、神戸生まれ。一級建築士・APECアーキテクト。神戸大学工学部建築学科卒業後、1977年に瀬戸本淳建築研究室を開設。以来、住まいを中心に、世良美術館・月光園鴻朧館など、様々な建築を手がけている。神戸市建築文化賞、兵庫県さわやか街づくり賞、神戸市文化活動功労賞、兵庫県まちづくり功労表彰、姫路市都市景観賞、西宮市都市景観賞、国土交通大臣表彰などを受賞文・瀬戸本 淳 (建築家)16

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