KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2017年10月号
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神戸っ子アーカイブKOBECCO Archive Vol.6想い出すこと(作家)神戸っ子では、過去の記事をホームページで紹介しています。是非とも「神戸っ子 アーカイブ」で検索ください。神戸っ子アーカイブ検索遠藤 周作 もともと話をするのが不得手なのと、講演などは私の本来の仕事ではないので、大低はお断わりするのだが、関西の大学から依頼されると何となく承諾してノコノコ出かけて行く。そしてそれが京都や大阪での仕事であっても事情が許す限り宿は宝塚ホテルにとる。 阪急電車に揺られながら窓の外を眺める。東京近辺の黒褐色の土をみなれた眼に赤っぽい土の色が鮮やかに映る。「ああ、帰って来たんだ」。戦争中、まだ慶応の予科生だった頃、激しい勤労奉仕と栄養失調の東京での生活に疲れ果てて帰省した時、すし詰電車の中でこの土の色をみて思わず涙をこぼしたのを思い出す。この赤褐色の土はいつみてもあたたかく豊かで大好きだ。 電車が仁川の駅にとまると、ついふらりと降りてしまう。私が住んでいたのはもう二十数年前、建物は変っても道はそう変っていない。柄にもなく感傷的な気分になって一人で歩いてみる。 むこうから犬が一匹、トコトコ駆けてくる。野良公のような風釆でスットンキョウな顔をした奴だ。それでも赤い革の首輪をつけているのでどこかの飼犬なのだろう。道に何か落ちていると噛んでみたり、道端の草に小便をひっかけたり、他の家の垣根をくぐり抜けたり、いっこう真っ直に歩こうとしない。この滑稽なワン公のあとについて歩いていると子供の頃の私はこのワン公そっくりであったことに気がつき可笑しくなってしまった。友達から「凸でこぼう坊、凸でこぼう坊」と呼ばれていたあの頃、学校から家までどんなにゆっくり歩いても十五分とかからない道を「周ちゃんは二時間かかって帰って来る」と母を驚き呆れさせたものだった。大きなランドセルを背負ったまま、蟻が昆虫の死40

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