KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2017年2月号
33/46

 日本で暮らしているのなら、ナショナルやパナソニックの製品を使ったことがない人はいないだろう。わが国を代表する世界的企業、パナソニックと、その創業者にして経営の神様と称された松下幸之助は説明の必要はあるまい。松下幸之助に関する書籍は伝記、ビジネス書、政経塾関係ほか数え切れないくらいある。 一方で彼の妻、松下むめのを知る人はそう多くない。しかし、彼女なくして現在のパナソニックはなかったといっても過言ではない。夫・幸之助に尽くすだけでなく、社員や取引先へ心を砕き、創業当時は経営の根幹を担っていた人物なのだ。ちなみに、創業当時幸之助の片腕として重責を担っていたが、戦後GHQの指示で退社を余儀なくされて三洋電機を創業した井植歳男はむめのの実弟だ。 そんな〝もう一人の創業者〟、松下むめのの生涯を、松下幸之助最後の執事、高橋誠之助が書き記した一冊『神様の女房』は、淡路島の船乗りの娘として生まれ、数々の縁談の中で一番条件が悪かったからと松下幸之助を自ら選び、やがて夫の夢を献身的に支えてともに苦楽を乗り越え事業を成功に導いた一人の女性の壮大な物語であるとともに、人生の指針、人材育成の秘訣、ビジネスのヒントなど多くの示唆にも富んでいる。 創業の裏側も垣間見えて面白い。現在、広告で「ふだんプレミアム」を謳うパナソニックだが、その原点となる幸之助とむめの新婚生活は、ひとつの湯飲み茶碗を2人で使うというプレミアムどころかスタンダード以下の暮らしだったという。独立し事業をはじめた頃、ソケットを生産すべく事業を立ち上げたのにもかかわらず、幸之助はその作り方を知らないという信じられない状況の中、ソケット本体の材料となるプラスチック状の練り物の調合方法を探るために、むめのは練り物工場の近くのゴミ捨て場をあさってその不良品のかけらを集めた。しかし、それを工場の社長に見つかってしまう。しかし、懸命なむめのの姿と、誠心誠意詫びる幸之助に社長は心打たれ、その製造方法を伝授したという。そして、むめのは社員を住み込みにして身のまわりの世話をし、礼儀など基本的な人間教育にも力を入れた。まさに彼女は、松下の母なのであった。 もちろん、松下幸之助の「生涯に一度の贅沢」と言われた光雲荘や、夫婦で慎ましく暮らした名次庵も物語の重要な舞台となっている。 女性の生き方を通じ、日本の近代を見つめるという意味でも興味深い一冊だ。ダイヤモンド社刊 1,300円(税別)33

元のページ 

page 33

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です