KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2017年2月号
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〝神戸らしい神戸〟の再生に向けて―角社長にとっての神戸の街とは。角私は子どものころから宝塚に住んでいて、よく神戸に来ました。母親に連れられてクリスマスプレゼントを買いに来たり、元町商店街の楽器店でエレキギターを買ってもらったり(笑)。阪神間の人、特に若い人たちが休日に大阪に遊びに行くなど考えられない、みんながおしゃれな街・神戸へ来る時代でした。故石津謙介さんのVANJACKETや朝ドラで話題のファミリア、輸入雑貨店などが立ち並び、狭い通りに歩けないほどの大勢の人が集まっていました。とてもおしゃれで、いい街だという思い出が鮮烈に残っています。―久元市長にとっての神戸は。久元子どものころを思い出すと、もっと港が近かったと思います。家の近くの会下山から手に取るように港が見下ろせ、貨客船が入港し、ブラジルへの移民船が出航していきました。多くの港で働く人や船員さんが買い物や食事をしたり、時にはバーで飲んでいたり…。路地が発達角 和夫(すみ かずお)1949年生まれ。早稲田大学卒業後、1973年阪急電鉄入社。2000年取締役鉄道事業本部長、2003年代表取締役社長。2006年阪神電気鉄道と経営統合し、阪急阪神ホールディングス代表取締役社長(現職)。2014年より、阪急電鉄代表取締役会長(現職)15
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