KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2017年1月号
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います。大阪タイガース当時からお参りに来られてよく優勝していたのですが、困ったことに、私が宮司になった翌年の優勝以来低迷しています。お参りに来られたら、ついでで構いませんので優勝祈願をしていただければと思います(笑)。御社殿の変遷と11の摂社・末社 廣田神社の春かすがづくり日造の御社殿は、昭和20年(1945)8月6日の空襲で焼失してしまいました。現在の御社殿は、昭和28年(1953)の伊勢神宮遷宮で建て替えられた荒あらまつりのみや祭宮の御殿を譲り受け、昭和38年(1963)、伊勢神宮と同じく神明造で再建されたものです。昭和56年(1981)に不慮の火災により本殿は焼けてしまいましたが、3年後に新たに竣工しています。境外摂社・末社には、遠く六甲山頂の六甲山神社から、近隣では、えびすさんでお馴染みの西宮神社境内の南宮神社をはじめ、名次神社、若宮神社、愛宕神社、風神社など11社あります。珍しいところでは、尼崎の殿様の別荘地だった岡田山にある岡田神社。昭和8年(1933)に神戸女学院が移転してくる際に、神功皇后にまつわる神社でもあり、官幣大社の摂社を動かすわけにはいかないと、キャンパスのど真ん中でお祀りすることになったと聞いています。住みたい街・西宮の魅力 私は西宮神社に勤め、1800年祭の手伝いに廣田明治4年(1871)、全国の神社の格付けがなされた際、最高位の「官幣大社」に列せられた豊かな自然に抱かれ、静寂感に包まれる境内植物学者・牧野富太郎が芳名帳に残した、コバノミツバツツジにまつわる句50

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