KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2017年1月号
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神戸の音楽界の父、田中銀之助 神戸は音楽家が多い街だ。人口150万の都市にしてはたくさんの音楽家が活躍し、レベルも高い。 田中銀之助はそんな神戸の音楽界の父ともいうべき人物だ。明治13年(1880)、養父郡大蔵村(現在の朝来市和田山町)の雑貨商「やまとや」の長男として生まれ、大蔵小学校高等科を卒業後同小学校の教員などをしていたが、後に退職して明治35年(1902)、東京音楽学校(現在の東京藝術大学)師範科へ入学した。 田中が神戸にやって来るのは、音楽学校を卒業した直後の明治38年(1905)のこと。音楽教員として兵庫県立神戸高等女学校(現在の神戸高校)に着任し、その後33年勤務した。 当時、神戸高等女学校は開校4年目の新しい学校で、現在の兵庫県庁1号館の場所にあったそうだ。彼は生徒への指導はもちろん、音楽教育や社会音楽の向上も常々考えていたが、生徒たちにとって発表の場となり、一般市民に音楽に親しんでもらえる場にもなる発表会を企画した。そのはじまりは明治40年(1907)頃で、いつしか紀元節の日(2月11日)に定期的に開催されるようになったようだ。 コーラスやピアノ、バイオリンなど本格的な西洋音楽が演奏されたこの発表会は、その後のさ連載 神戸秘話 ①瀬戸本 淳(せともと じゅん)株式会社瀬戸本淳建築研究室 代表取締役1947年神戸生まれ。一級建築士・APEC アーキテクト。神戸大学工学部建築学科卒業後、1977年瀬戸本淳建築研究室を開設。以来住まいを中心に、世良美術館・月光園鴻朧館など、様々な建築を手がけている。神戸市建築文化賞、兵庫県さわやか街づくり賞、神戸市文化活動功労賞、兵庫県まちづくり功労表彰、姫路市都市景観賞、西宮市都市景観賞などを受賞文・瀬戸本 淳 (建築家)18

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