KOBECCO(月刊 神戸っ子) 2016年12月号
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北野異人館よ、とわに! 慶応3年(1868)の開港にともない、外国人たちは居留地に住まいを構えることを許された。しかし、工事の遅れなどもあり、やむなく政府は居留地の周辺を雑居地として指定する。雑居地とは、外国人と日本人が同じエリアに住むことを許されたエリア。こうして、北野村には外国人た旧ハンター邸もともとは北野町にあった英国商人E.H.ハンター氏の邸宅を、昭和38年に王子動物園に移築したもの。緑をバックにした美しい洋風庭園に、大理石のマントルピースやチークの床材、ブロンズのシャンデリアなどの細部にまでこだわった意匠が相まって、現存する異人館の中では最大規模を誇る。国指定重要文化財。昭和50年フロインドリーブ邸明治40年(1907)にM.J.シェー邸として北野町1丁目に建設された。後にNHK朝の連続テレビ小説『風見鶏』の主人公のモデルであるドイツパン職人ハインリヒ・ブルクマイヤーが所有者となり、その息子のフロインドリーブに受け継がれたコロニアル様式の西洋館。現在は、北野坂に移築され、カフェとして利用されている。昭和51年ちが洋風の住宅を造り、この地に住むことになる。時代とともにその姿は失われてしまうが、昭和50年代には、まだ外国人たちが多く住んでいた。現在では、一般公開されている異人館もあり、今でも当時の外国人たちの生活ぶりを伝えている。観光地となる前の北野町を見てみたい。30

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