KOBECCO(月刊 神戸っ子) 1961年8月号
48/56

「今度は栄組の事から、いろいろとお世話になりまして」と静かに、何んでもない事を云われた時は、言葉の返しようがなかった。昼間だというのは、芸妓が座に入り、酒が廻りだした。私はいつまでたっても、呼びだしをかけた先方の本論に移らないので、焦った。「今日は」「まあゆっくり、酒でもの承ながら、とにかくいろいろお世話になったお礼を兼ねましてね」何度も相手の真意を引きだそうとするのだが、そんな調子でかわされた。「わしら、腕一本でここまでのしあがってきた。いはぱ叩きあげですわ。そやさかいに口不足でしてな。早い話が浜には、浜の特殊事情という奴がある。例えばアンコですな。アンコだからといって、別に人間扱いにしていないわけではあらへん。然し、人間扱いにでけんやつもおる。積荷を抜く、船員の部屋から掻払いをやる。そんな奴が時々おるよって、会社の信用にかかわることもあるので時には、見せしめにオキウを据えることもありまんがな」「吉田もオキウでしたか」「さいな・だがあれは手配師が自分の立場を考え過ぎて、ちとやり過ぎましたわい」「吉田を殴ったのは隆だけでしたか」「多分、そうでつしやろ、警察の方で調べても、そういうとるんですさかい」「然し」「まあ、むずかしい話はよして、今日は顔つなぎにワーッと行きましよや。おたくさん若いが、頭もいいし、度胸もある。腕ぷしはどうか知りまへんがな・実はな、おたくさんが来るか来ないか賭けとったんや。わいは来ると思った。あれだけの記事を書く男やったら、それだけの覚悟でやつとる。なあ、そうでつしやろ。やっぱり来よった。いい度胸や。惚れた帝。所で、事件はもう落着いたのやさかい。こん辺で手打ちといっちゃなんだが今後はわい等の言分も書いて貰いたい。それは出来ないとたれば、この辺で、もう。記事はひっこめてもええと思うんやが」要するにニュースキヤン。ヘンを中止してほしいという申入れなのだ。「事件担当は社会部に廻わしました」「というのは、関係ないという事かいな」「関係はあります。ですが記事をだすことは新聞社の方針ですし」「さよか。まあほどほどにな・浜には浜の特殊事情か過りますかいな。進駐軍でも、こいつはどないにも出来んかつたのやで。わいらが若い者を押えておきますさかい、その辺頭のええあんたさんの事や、ょう考えてな」「解りました。話はそれだけですか」:‐座は白け切った。私の直線的な喋くり方は相手の気分を害したらしい、だが先方の方が一枚も二枚も上てであった。「堅い話は終った。おい、つがんかい」妓達が急にはしゃぎだした。私はすぐ立ちたかったが相手の要領を得た引とめにかかって夕方まで座にいた。社に帰ったのは五時頃だった。私は机に戻る前に整理部に寄った。いつもの習慣で自分の書いた記事がどう扱われているのかを知るためだった。「きていない。あしたの朝刊の分だぜ」「坐え巽元」係りはちょっと云い難くそうに口ごもった。私は「おかしいな。二時にちゃんと部長の所に原稿をだしておいたんだが」私は部長の所で原稿が押えられたことを直感した。興港会の幹部は私との妥協と合せて両面作戦の手を打ったのに違いない。私はもう幾分興奮して、部長の所へ真直ぐに行った。部長の机の上には、くせのあるもの字の原稿か直いての)に》1441

元のページ 

page 48

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です