KOBECCO(月刊 神戸っ子) 1961年6月号
54/60

升「ええと、誰やったいな」「阪神日報の記者ですが」「えつ!」私は突瑳に腕を掴んだ。顔を彼の耳許によせると声を落して「ここでは話ができない。ちょっとつき合って貰えないかな」彼はおびえ切った眼ざしで領いた。玉をキャラメルに取替えた。「お子さんがいるの」「へえ、十四を頭に五人も.:…楽じあねえです」私は「この取材は断念した方がいい」といった気持が瞬間、心を横切った。だが私はすぐ「一人の人間が殺されたのだ」と思い返した。「そこの喫茶店でも」と手配師の隆を誘った時は折角掴んだ特ダネ記事を無償のものにできるかと心の中で繰返した。人が殺されたことに対する怒りは、明らかに新聞記者の功名心に変っていた。努力はそのためのものでしかなかった事もはっきりした。すると、暑い日昼をドャ廻りしてきた自分の姿が、映画の画面でも見ているように思いだされた。神戸にある地方有力紙K新聞とS新聞、そこの記者が阪神日報のような小新聞を奪い合って見、口惜しがる様子を想像して、秘かにしかも満足そうに笑っている自分の顔が、はっきり描かれていた。私は隆に逢って痛承だした心を押しつぶすようにブン屋はそれでいいのだと咳いた。「何か」「いや、自分の事でね。思いだすと一人ごとをするくせがあって。しかし、隆さん、よく話してくれたね。僕が想像していた通りだ。だけど話の出所はきっと秘密にする」隆はすがるような眼つきで「そいつだけは堅くたのんます。わいの口から割れたとなったら、それこそ、浜で仕事が出来んようになるば器器I別lかりでは済まんさかいな。波場で弱いのはアンコやあらへん。わいや三次下請でんがな・元請会社や二次下請会社に晩まれたら、それこそ一家心中もんでんがな。だから;…・」隆は手を合せておがむようにして頼んだ。隆は、私が殆んど調べあげておかなかったらきっとロは割らなかっただろう。いや、まだ隠している部分もある。アンコの吉田が砂糖を盗んでリンチを受けた。誰がリンチを加えたかはっきり覚えていないが、五・六人だったという。然し、私は、その誰と誰は、警察の仕事だろうし、警察が動きだせば事件はもっと明瞭な形で現われてくると思った。部長は黙って私の説明を聞いていた。私が気負い込んで話し終ると、短かくなった煙草の口を指先でも承ながら云った。「青木君、折角の特ダネ記事には違いないが波止場ではねえ。波止場の機構をつつくことになるだろう。そうなれば、うちの社では手に負えないのと違うか」部長は反対こそしなかったが、のり気ではなかった。それも私には初めから判っていた。事実、波止場を中心として縦横に伸びている巨大な勢力が、神戸ではどんな役割を果しているかという事は、ここ一週間、調べ歩いた範囲からでもはっきりしている.私は崩れるように坐り込んで諦めかけた。一切が水泡だったのかと思うと地方紙のそれも小さな新聞社の記者だったことが口惜しくてたまらなかった。I次号に続くI神戸っ子案内月刊「神戸っ子」を毎日お読承になりたい方又神戸を離れているお友達にプレゼントなさりたい方は編集室にお申込承下さい6ヶ月分500円(送料共)誌上の神戸銘店にはお客様のサービスとして「神戸っ子」があります本屋さんに「神戸っ子」があります文洋堂国際会館1階海文堂元町3蜜■

元のページ 

page 54

※このページを正しく表示するにはFlashPlayer10.2以上が必要です