KOBECCO(月刊 神戸っ子) 1961年5月号
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までかなりの距離があるんだ。だから気張ってからしばらくしないと、音がきこえてこないんだ。なんだか大陸的な気がしたよ」「それが一階で水気ばかり多いと大弱りさ。ハネ返えりがこわくて腰を浮かしたのはよかったが、その拍子に顔についたことがある。桑原桑原」「なんでもそれを碁のことばで〃打って替えし″というそうだが、まったく処置なしだね」だがちょっと風流な時もあるよ。月夜あおき・しげを兵庫県の北国但馬地方をこのほど旅行してきたが、阪神地方とはおよそかけ離れた自然と風俗がかなり印象深く身にしゑた思いがした糞尿蓋の気風が多かったし、それにオランダなどの感じもありますが、神戸はその中の長崎に似ているような感じがする。いずれにしても異国情緒が豊かで、風光明美な「町」だ。海岸に近いうえに、山がすぐ後ろにあり条件としては非常に恵まれており東京なんかに比べるとぐっと落ち着いた感じがする。(私自身、年のせいかゆっくりしたところが好きなのでそんな点からも、一度、心ゆくばかり神戸の町を見物したいものだ。)私はあまり飲める方ではないが灘五郷の名がはせているとおり、お酒の味は天下一品。また、神戸にくると一番はじめに口にするのが肉かサカナだが、肉は(「但馬牛」ときいているが)どこで食べるより神戸のものがおいしい。大洋の選手たちも明石でキャンプ中はよく神戸肉を食べていたが、案外こんなところに大洋優勝の秘決(?)があったのかも知れない。それにサカナが新鮮なのも神戸の魅力の一つ、魚市場なんかに行っても活気がある。人間というものは食べることに関しては、意外に敏感な動物だがその点神戸は恵まれているといっていいだろう。(大洋ホエールズ監督)養父郡などの人気の少ない山里地区を歩くと、濃い緑の世界の中に桜、桃、梅、梨、菜の花などが色とりどり咲いているさまはいかにも田園調で、いつかへルマン・ヘッセの散文を思い出したりしていた。したがって糞尿讃などを持ち出すいわれのないことは事実だが、どうしたはずゑか、同宿した人々の間で、だれいうとなく糞尿談議が始まり、ついに仕事のない午さがりのいつときを思わぬ〃鼻つま承時間″に使う仕義と相成った。「どうも田舎の便所は水っぽくて困らされるね」とだれかがいい出したのがことのはじまり。「そういえば、ぼくが一昨年川沿いのある田舎旅館でとまったときは傑作だったよ。二階のオトイレから下の晩に真下に月がポッカリ映っていたことがあった。すると落ちるごとに月が真っ二つに割れるんだな」(そばから「もういい、かんべんしてくれ」の声あり)「まさに〃満月打って替えし剣法″というところだな」(と一息いれて)「だから用心深い御仁は、草深い田舎の便所にはいる際はかならず新聞紙を一枚持っていて、ひろげて真下に落としてから始めるそうだ」(ここで一同「なるほど」)「どうもこの話だけはとんとお色気に縁がなさそうだね」とようやく一方から〃救援″の声がかかるところが話題豊富のベテラン組はまだなかなか負けていない。「いや、こんなことがあったよ。出石(いづし)近辺の宿屋でね。ハバヵリ内の障子の破れから外が見えるんだ。夜のヤミの中で赤い灯が点滅するのさ・はじめはホタルかと思っていた。ところがよく見るとタバコの火なんだ。どうやらアベックらしい。しばらくすると火が消えて、二つの影が重なり合ってモゾモゾやり出した。思わず息を殺したね。それから十数分……かんじんの第一任務の方は忘れてしまってね。夢中でかがんだり中腰になったりしていたら、あとで気づいたらパンツがよごれていた」「おゲレッだな」という声をきっかけに、「いや、ちょっとロマンチックじゃあないか」とか、「イカしたね」とかいろいろな声がとび出したが、どうやら糞尿談もここらで終わりになった様子。それにしても都会でやかましい近代的水洗便所よりも、やはり農村のコエッポのほうが、はるかに野趣味と牧歌性に富んでいるようだ1171

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